運命以外の何物でもないと思った。
高校受験の会場で出会った、
きれいだなって見蕩れてた男の子との再会。
しかも、同じクラスの隣の席。
ただそれだけのことなのに、
僕は天にでも届くんじゃないかってぐらいに舞い上がった。
ニワトリ君と僕つまりフクロウは、すぐに仲良くなった。
そして、彼が隣に居るだけで、苦手な午前中も起きていられた。
暇さえあれば彼の長いまつげを眺めていた。
ふわふわした気分がずっと続いて、
ああ、これが恋なんだなあと酷く幸せな気分になる。
だから、
「好きだ。」
口に出してしまった言葉に、彼がゆっくり青ざめるまで
それが世間一般的にはおかしいことだってことに気付かなかった。
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五月の初めの放課後の教室だった、
ほとんどの生徒は真っ先に帰っていたり、部活動見学に行ったりしていて
教室内には僕とニワトリ君以外居なかったことを記憶している。
ニワトリ君とのはなしはとても楽しくて、
あとちょっとあとちょっとと話している中、
ぽろりと本当にそんな感じで、僕は先刻の言葉を口にしたのだった。
「…どういう、こと?」
ただでさえ大きな目をさらに見開いて、ニワトリ君は問いかけた。
戸惑いの混じった、震える声で。
僕はそこでようやく、しまったと思った。
でも、口に出してしまった言葉はもう取り消すことはできないし
そして、誤魔化すこともしたくなかった。
だから、真っ直ぐに彼を見つめて繰り返す。
「僕は、ニワトリ君のことが好きなんだ。」
彼は青ざめた顔のまま視線をそらした。
目が泳いでいる、
長いまつげが揺れて、それさえもきれいだとバカなことを考えた。
「…あの、
オレ好きな人いるから、ごめん。」
「気持ち悪いなら、はっきり言っていいよ。」
「…っ」
あえてきっぱりと言い放つと、
彼は明らかにおびえた顔をして、僕を見た。
でも、すぐに逸らされて、彼は机の端で視線を固定する。
「…気持ち悪いとか、そんなんじゃなくて…」
彼がおびえている。
数分前までたのしく話せていたはずなのに…
教室内に気まずい雰囲気が充満する。
胸がつきんと痛んだ。
僕もそれとなく視線をそらして、気付かれないように息を吐いた。
そして、もう一度彼を見る。
出来るだけ優しい笑顔を作って
「いきなり変なこと言ってごめんね。」
…僕はうまく笑えているだろうか?
いきなり告白された彼も混乱しているだろうけれど、
僕のほうだって頭の中が後悔やら何やらでぐちゃぐちゃになっていた。
泣きたいのをぐっとこらえて、立ち上がる。
「もう僕、君に近づかないほうがいいかも。」
未だにおびえた顔の彼は、
かたりと椅子が鳴った瞬間に慌てて僕を見上げて、小さく声をあげた。
机の上に置いていた袖をつかまれる。
「…あのっ、フクロウ」
こんなこと言って酷いとは思うんだけど、
震えながら、彼は言葉を続けた。
縋る様な眼で、僕を見つめて。
「オレは君とまだ友達でいたいんだよ。」
…ああ、本当に
それはとても残酷な言葉だよね。
少し長めの袖をつかむ、かたかたとわずかに震える指先を見つめながら
でも、僕はそれに頷いてしまっていた。
sub Re:高校生になりました
――――――――――――
ちょっと、なんでうちの高
校に来なかったのよう。
(T^T)
さくら高校ってほぼ男子高
よね。
こーちんはきれいだから、
もしかしたら男の子に告白
されちゃうかも…
なんてね。(o^-^o)
-END-
to 嬢先輩
sub Re:
――――――――――――
…センパイ
それ冗談になってないです
-END-
翌日から、僕たちは昨日の出来事を忘れた。
休み時間になってはたわいもない話で盛り上がり、
一緒に遊びに行ったりするような
そんな友達としての日々を過ごしていた。
sub こーちん聞いて!
――――――――――――
久しぶり!
元気してた?
きいてきいてよ、こーちん
っ!
わたしねえ、彼氏ができた
んだ。
同じクラスの男子なんだけ
どすっごく格好いいのよ。
O(≧▽≦)O
今度写メ送るねっ!
-END-
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友達だと思っていた男の子に好きだといわれた。
ひどく混乱して、
つい、ふと頭をかすめたセンパイを逃げの材料に使った。
酷いやつだと自分でも思う。
あまつさえ、「友達でいてほしい」なんて図々しいにもほどがあった。
でも、次の日から彼はいつものようにオレに接してくれた。
告白されたことと、逃げたことが後ろめたくてオレはよく彼を避けたのに
彼は気にするそぶりも見せなかった。
そして、時がたつにつれて、しだいに気まずさもうせて、
こいつとなら、オレは一生の親友になれるかもしれない
そう考え始めるまでになっていた。
そんな中だった。
放課後になって、マナーモードから解放された携帯電話が高らかに着信を知らせる。
それは、嬢先輩からの久しぶりのメールだった。
何ヶ月振りだろう、そう思いながら本文に目を通して
さあっと血の気が引いたのが自分でもわかった。
隣で眠そうに机に突っ伏していたフクロウが、オレの変化に気付いて顔を上げる。
「どうしたの」
「…や、なんでも、ない」
彼の顔が訝しげにゆがむ。
「なんでもないって顔、してないよ。」
どうしたの、
フクロウのその一言に、力が抜けた。
立っていられなくなって、へたりと教室の板張りの床に座り込む。
体が震えた。
フクロウはそれに驚いたように目を見開いた。
言おうかどうしようか一瞬迷った。
でも、それはほんの一瞬だけ。
「…嬢先輩に、」
声が震えた。
彼は困惑し、机から体をずらしてオレを見ている。
「彼氏ができたって、」
口に出してみると不思議なかんじだった。
何でこんなにオレは混乱しているんだろう。
嬢先輩はフクロウに告白されたときに、
逃げの材料として「好きな人」として扱ったけど
本当は全然そんなことなかった筈の人なのに。
かたん、と椅子が動く音がした。
フクロウが立ちあがって、オレの隣にやってきたのだった。
しかし、彼は肩だけをくっつけて、ちょこんと座っただけだった。
何も言わない。
ただ、肩から服越しに伝わるぬくもりが思いのほか気持ちよくて、
ぼろり、と涙がこぼれた。
慌てて膝に鼻先を押しつける。
それでも矢張り、彼は何も言わなかった。
そこでようやく気がついた。
オレは、嬢先輩のことが好きだったんだってことに。
嗚咽が漏れる
気付いた瞬間が失恋の時だなんて、可笑しな話だと思った。
肩を通して熱がじわじわと全身へと伝わっていく。
失恋すると人が恋しくなるっていうのは本当らしい。
彼のぬくもりが心地よい。
でも、こんなちっぽけな熱じゃあ足りない。
もっと、もっと、
気が付けば、オレは彼の肩に腕を回していた。
「ニワトリ、君?」
戸惑ったような声が耳元から聞こえた。
くっついた胸から、やけに早い心臓の音。
オレの涙腺はまだ閉まり切っていなくて、
こぼれた涙が彼の肩にしみこんでいくのだけが気がかりだった。
そっと背中に腕を回される。
不思議と、嫌だとは思わなかった。
むしろもっときつく抱き締めてほしい、なんてことを考えていたかもしれない。
「ニワトリ君は、そのセンパイのことが好きだったんだよね」
心臓の音は早いまま、ただ声だけは酷く穏やかに耳元に響く。
落ち着いた、落ち着かせた、いつもよりもずっと低いかすれた声、
心臓の音、近い呼吸、心地よい体温、規則正しく背中をなでる手のひら。
ひどく安心する。
体の力が抜けて、彼にすがるように体重を預けた。
先刻の言葉に小さく頷く。大粒の涙が彼の肩にまた染みを作る。
好きだった。でも、オレはもう失恋してしまった。
今更告白なんて考えられない、
だって、彼女たちの関係をめちゃくちゃにしたいとは思わないから。
そんなことをぽつぽつと話すと、
彼はふうんと小さくうなづいた。
「…じゃあ、いまはニワトリ君、フリーになるわけだよね。」
耳に直接響く、かすれた声。
背中を抱く腕が強くなる。
そっと顔をあげると、意志の強い瞳がそこにはあった。
「僕はね、遠慮しないよ。
獲れるんなら、狙うから。」
彼のやけに大きな瞳がゆっくりと細められる。
「すきだよ。」
心臓の音は相変わらず大きくて、
それはオレにも伝染してしまったようだった。
彼をまっすぐ見られなくなって、目をそらす。
「オレも…」
体が震えた。
心地よかった体温は、今はもう熱くてたまらない。
「オレも、お前のこと好きになりたい。」
背中に回していた手が汗ばむ。
言うことを聴かない体を叱咤して、ようやく彼の方を向いた。
「…それじゃ、駄目か?」
俯いたまま、瞳だけは彼を見ておずおずと訊ねると、
フクロウはオレをまた強く抱きしめた。
「なりたい」だなんて、
そんなことを言った時にはもう彼のことを「好きになって」いるというのに
そんなことにも昔の俺は気付かなかったんだ。
そしてもう一つ、これはフクロウのほう。
本当のライバルは、嬢先輩なんかじゃないってことにも
このときは全然気づいてなかった。
本当のライバルは、うちの弟、
今3歳になる、ひよだって事に気がつくのは
これよりももっとずっと後のお話。
-fin-